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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)2918号 判決

事実

原告石川善次郎は、被告株式会社たくみが訴外山本正三宛振り出した額面金四十万円の約束手形一通の所持人である。原告の右手形金請求に対し被告会社は、原告主張の本件手形は、被告会社の社員杉山一郎が被告会社のために手形を振り出す権限がないにも拘らず、同人の実弟が関係する会社の資金を調達するために同人が偽造したもので、被告会社の業務の執行とは全く関係がない。仮りに、被告会社に右杉山の不法行為についてその責任があるとすれば、本件手形は被告会社の代表者である山本正三宛振り出されたもので、これはいわゆる「会社とその取締役との取引」であつて取締役会の承認を必要とするところ、その承認を得ていないから無効のものであり、原告としては、かかる手形の割引名下に金員を騙取されたのであつて、若し原告においてこの点に注意したならばその損害も発生しなかつたことがあきらかである。よつて原告主張の損害額の算定(原告は予備的請求として、被告の使用人杉山一郎に、被告の事業の執行につき金四十万円を騙取されたとして、損害金の支払を求めている)について、原告の過失と相殺する、と抗争した。

理由

証拠を綜合すると、原告が本件手形の所持人となるに至つた経過は次のとおりであることが認められる。

すなわち、杉山一郎及び訴外細井某は当時被告会社の社員で、杉山一郎は総務関係事務を、又細井某は経理関係事務をそれぞれ担当していた者であるが、両名共被告会社のために被告振出の手形を割り引き、又は他の会社と交渉して相互に手形を交換し、これを利用して金融をはかる等の事務をも行つていたものであるが、昭和三十年七月頃右杉山一郎は被告会社のために金融を得る目的で、同人の知合である訴外大貿商事と相互に手形を交換してこれを割り引くことになり、右細井某に依頼して、原告主張の本件手形を作成させ、受取人を記載しないでこれを大貿商事に交付した。ところがこの手形を受け取つた大貿商事ではこれを割り引くことができなかつたので、この割引方を杉山一郎に依頼し、同人は大貿商事のために訴外中島実を通じて原告にこのことを交渉し、本件手形金の支払を保証するために、杉山一郎は無断で山本正三の裏書をなし、さらに中島実に依頼して同人の裏書を得た上本件手形を原告に交付し、原告において右手形を割り引いたのであるが、右手形の受取人欄が白地となつていたので、原告は裏書の連続を明確にするため、山本正三の氏名を同欄に記入したものである。

ところで、右細井某及び杉山一郎に右手形を振り出す権限があつたものか否かについて考察するのに、証拠を綜合すると、当時被告会社において手形を振り出すときの実務上の取扱は、通常の場合、右細井某が手形用紙に必要事項を記載してこれを代表取締役である山本正三に提出し、同人においてこれを承認すると社印及び代表者印等を押捺してこれを振り出すという方法で行われていたのであるが、当時右山本正三は右印鑑の保管を細井又は杉山一郎に委せていたこと、そして右細井及び杉山一郎は前に認定したとおり、被告会社のために、手形を利用して金融をはかることをもなしていたこと等を考え併せれば、同人らは右の範囲で手形を使用する限りにおいて、右山本正三から被告会社の手形を振り出す権限を与えられていたものと認めることができる。よつて、本件手形は偽造であるという被告の主張は採用しない。

次に、被告は、本件手形は被告会社の代表取締役である山本正三宛振り出されたものであるから、いわゆる「会社とその取締役との取引」であつて、無効であると述べているが、本件手形は前記認定のとおり、大貿商事宛振り出されたものであるから、この点に関する主張は理由がないこと明らかである。

以上のとおりであるから、被告は原告に対し、本件手形金を支払う義務があるとして、原告の本訴請求を理由があると認容した。

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